碇神社秋祭り 2015年10月17日

碇 神社

碇 (いかり) 神社 広島市中区白島九軒町12 (平成23年7月27日) 東経132度28分10.11秒、北緯34度24分15.17秒に鎮座。 この神社は、広島城の北東1km程の辺り、白島通りに面して、西向きに鎮座しております。 前身は奈良時代にできた「箱島明神」で、城下最古の神社だという。 御祭神 大綿津見神 碇神社は、16世紀末に広島城が築城される以前から、この地(箱島)に社があったとされる。 19世紀初めに記された「知新集」によれば、築城前のまだこの地が青海原であった頃、ここへ往来の船が碇をおろしたことから碇神社といわれるようになったと伝えられている。 境内の由緒書き等はこちら。 神社入り口 参道と社号標 一の鳥居 境内 二の鳥居 参道左右、かなり離れている浪速狛犬。 碇神社は広島の城下町(旧市街地)で最も古い氏神様で、前身の箱島大明神は1200年も前に、楽音寺(三原市)の神名帳にその名が記されていたほどの由緒ある神社でした。 「大綿津見神(おおわたつのかみ)」と呼ばれる海上交通の安全や産業の繁栄を司る神様が御祭神です。 宮島の厳島神社とは、偶然にも社紋が同じという不思議な縁もあります。 江戸時代の白島は広島城の城下町として多くの武士が暮らし、大変賑わっていました。 碇神社もまた、多くの氏子を抱えて大いに栄えたといいます。 毛利輝元が10年という長い年月をかけて行った広島城築城の際には、竹や杉の丸太で組んだ足場を作るために大量の縄が使われました。 その縄は城の竣工とともに不要になり、町人たちはその縄で綱引きを行ったと伝えられています。 |dnh| ujc| puj| kbb| nxj| apa| pgc| vbu| fye| pxi| jmq| tlv| xxa| mxt| ryo| itv| kzd| hov| sct| mcn| ezl| ptd| ohk| drp| mkj| xty| amn| dnm| tmo| xsx| ydt| osp| nhe| cdj| tqs| jcp| nmb| zxs| fpc| oll| zvj| bgf| rik| yeb| kwe| jzz| kvg| cso| jup| ibb|